大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成元年(ツ)12号 判決 1989年9月06日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

一  上告代理人らの上告理由は別紙記載のとおりである。

二  上告理由第一点、第四点及び第六点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、いずれも正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

三  上告理由第二点、第三点及び第五点の前提たる主張(判例の法的拘束力及びこれを認める場合のその「時に関する効力」)について

上告代理人らは、「本件契約は昭和二二年になされたものであるから、契約当事者の意思解釈についても右当時における判例等売渡担保及び譲渡担保の法理が解釈の基準とされなければならない。」と主張し、前記上告理由各点において、具体的事実に当時の判例法理をあてはめた結果に基づくと称する主張をしている。

右主張の趣旨は十分明確ではないが、もし右主張が判例に裁判規範たる意味における法源性(厳密な意味での法的拘束力)を認めるべきであるとの意味であるならば、わが国において判例にかかる効力を承認すべき法的根拠はない(裁判所法四条の認める拘束力は、当該事件についての拘束力であるにとどまり、先例としての拘束性を意味するものではない。)から、この点で、既に上告人の主張は理由がない。

また、右主張が、最高裁判所、大審院の判例に事実上の拘束力があるとしたうえで、裁判所が最上級の裁判所の判例に従って裁判するに際しては、法律不遡及の原則に準じた取扱いをすべきであるとの意味であるとしても、そのような考え方を是認することはできない。

けだし、法律不遡及の原則は、民事に関しては唯一絶対のものではなく、旧民法時代に生じた事項について新法を適用する旨明文で定められることもないではない。最近では、旧法時代に発生し新法時代に継続する事項については、いずれの法律を適用するかその範囲を法律そのもの(経過規定)で厳密に規定されることが多いが、それでも疑義を生ずる場合は、法律不遡及の原則に従うのが法律関係の安定に資するゆえんであろうけれど、要するに、この原則は、法律の改正があって新旧いずれの法律を適用すべきか分明でない場合に妥当性を持つ原則たるにすぎない。

これに対し、判例は、裁判の基準となるという意味では法律に類する面がないではないが、それ自体過去に生じた法律的事実に対する判断であって、むしろ従前の判例が妥当でないとして新判例が出されるのが常であるから、旧判例時代に生じた事項について新判例の適用をみるべきことはむしろ当然であって、法律の改正の場合と同様な疑義を生ずるわけではない。しかも、判例なるものは、制定法とは異なり、個々の事件に対する断案であり、事実関係を完全には同一にしない各個の紛争を通じて徐々に形成され微妙に変動していくものであるから、新判例の妥当する範囲は必ずしも一義的に明らかでないという結果を免れることもできない。

してみると、上告代理人ら主張のごとく、最上級裁判所の判例に事実上の拘束力を認めるとの考え方をとったとしても、裁判所は、裁判をなすに当り、最上級の裁判所の判例が変更された場合においても、法律不遡及の原則に準じた取扱い、すなわち旧判例時代に生じた事項については旧判例に従い、新判例時代に生じた事項については新判例に従って判断するような取扱いをなすべきものでないことは明らかである。この理は、例えば譲渡担保のごとく、実質上判例によって法制度が創造されたといわれているような分野についても、変わるところはないと考えられる。

このようにみてくると、例えば、譲渡担保と並んで利用されている非典型担保の一形態である仮登記担保については、立法(仮登記担保契約に関する法律)により、その「時に関する効力」が経過規定で明確にされているのと比して、バランスを欠く結果が生じるが、これは前記のような法律と判例との差異からしてやむをえないところである。

もっとも、このように解すると、過去の判例に従って法的関係を形成していた国民が、判例の変更によって思わざる不利益を受けることもあり得ようが、判例の変更はかかる事態をも踏まえて行われるものであるから、やむを得ないところであり、それでもなお一方当事者に酷に失する結果をもたらすような場合は、信義則その他の一般条項の適用によって公平妥当な解決を図ることが可能である。なお、本件は信義則その他の一般条項の適用により上告人の救済を図ることを妥当とする事案であるとも認められない。

以上の次第で上告人の右主張は採用することができない。

四  上告理由第二点について

岩井公太郎(以下「公太郎」という。)と荒尾鬼子太郎(以下「鬼子太郎」という。)との間に昭和二二年五月一〇日に本件山林について締結された譲渡担保契約(原判決は、「売渡担保」の語を用いているが、同時に被担保債権の存在を認定しているから、いわゆる譲渡担保の趣旨でこの語を用いていることは明らかである。)について、被担保債権の弁済期たる昭和二七年一二月三一日をもって担保権利者である鬼子太郎が確定的に本件山林を取得する旨の特約があったとは解しがたいとした原審の認定判断は正当として是認することができ、また、本件においては、鬼子太郎が公太郎に対して右譲渡担保の実行の通知等をしたとの主張はなんらなされていないものであるから、本件山林の所有権が確定的に鬼子太郎に移転したことを認めなかった原審の判断に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、独自の見解にたって原審の専権に属する事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

五  上告理由第三点について

原審は、前記のとおり本件山林の所有権が公太郎から鬼子太郎に移転しておらず(上告理由第二点)、かつ、上告人の主張する鬼子太郎から上告人への本件山林売買については、これを認めることができないとしている(上告理由第四点)ところ、以上の事実認定に基づき、原審が、被上告人は、無権利の登記名義人であるところの上告人に対して、所有権に基づき、物権的請求権に由来する抹消登記に代わる移転登記請求権を行使しうると判断したことには、所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないでその不当をいうか又は独自の見解に基づき原審の右判断を非難するものであって、採用することができない。

六  上告理由第五点について

所論の点に関し、原審が、「鬼子太郎が公太郎との譲渡担保契約締結後本件山林を占有していた」との第一審及び原審における上告人本人尋問中の供述につき、なんらこれを補強する証拠がない等の理由でこれを排斥したことその他本件山林についての鬼子太郎及び上告人の占有の有無に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、いずれも正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、独自の見解に基づいて原審の右判断を非難するか又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであって、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今中道信 裁判官 上野利隆 裁判官 瀬木比呂志)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例